創作昔話「海を渡る蝶」 羅夢翁 作 むかしむかし、日本の屋根と呼ばれる山のふもとに、浅木(あさぎ)村という小さな村がありました。 ある年、その村は、何度も、大嵐にみまわれ、育った作物は全滅で、蓄えた食べ物も減っていく一方でした。 人々は、飢えに苦しみ、山の上のお社にある神様に祈りましたが、いっこうに、嵐は、おさまりませんでした。 村人たちは、困り果て、この先、どうしたらよいか相談しました。 すると、ある村人が、山の上にあるお社の奥には、まばゆいぐらいに光る石があるらしいことを、皆に話しました。 もし、それが、宝石ならば、都で売ってお金に替えられます。そうすれば、冬を超える食糧を手に入れることが できるかもしれません。村人たちは、さっそく、たしかめることにしました。 翌日の早朝、山を登り始め、お昼ごろに到着しました。そして、お社の奥の小さな扉を開けると、昨日、村人の一人が、 話したとおり、目をふさぎたくなるぐらいに、まばゆく光る石がありました。村人たちの顔に、笑顔がこぼれました。 そして、お互い、目を丸くして、顔を見合わせ、 「おーー、まさに、これは、見たこともない美しい宝石じゃ、これで、助かる」 「ありがたい」「ありがたい」と、口々に喜びあいました。 そうして、村人たちは、その光る石を、お社から村へ大切に持ち帰りました。 村人たちは、次の日、都へ出かけ、その宝石を、売ることにしました。 都の商人に、その宝石を見せると、それはそれは、驚いた様子で、村人たちに、どこで、手に入れたかを、聞きました。 村長は、「これは、村に代々伝わるたからでございます。おそらく、遠い昔に、遠い国からの贈り物と思います」と、 うそぶいて、答え、たくさんのお金をもらいました。 冬を越すのに十分な食べ物や衣服を買い、村に持ち帰りました。村人たちは、皆、とても喜び、お祝いをし、夜中まで、踊りました。 次の日、今まで、嵐が続いていた日が、嘘のように、すっきりと晴れあがりました。 そこで、村では、集会をひらくことになり、全員が、広場に集まりました。 すると、その時です。山のお社から、黒い煙が立ち上りました。そして、その煙は、みるみるうちに神様の 姿に変わりました。驚いて、目を丸くしている村人に、神様は、言いました。 「お社に、古くから伝わる私の祈り石を、盗んだ罰をあたえよう」 そう言ったかと思うと、村人たちは、神様の怒りをかい、全員が、蝶にされてしましました。そして、神様は、 村人たちに、言いました。 「年に一度、南の島の洞窟に、宝石を取りにいき、この山へ戻り、少しずつ 持ち帰り、祈り石を、元の大きさにをもとにもどせば、おまえたちも、元の人間に戻してやろう」 そう言うとすぐに、まばゆい光をはなって、消えてゆきました。消え去ったあとに、声が聞こえました。「約束は、まもる。」 蝶になった村人たちは、中秋の名月まで、蝶のまま、その村で過ごしました。冬には、南の島の洞窟で、 祈り石の元が、育ちます。蝶になった村人たちは、冬になる前に、何千キロも離れた南の島の洞窟へ移動し、 祈り石の元を羽のあちこちに付けて、まだら模様になっています。そして、春に、再び、この村へ、戻ってこなければなりません。 何千キロの距離を、休むことなく飛び続けなければならないのです。 一度に、たくさんの祈り石の元を、体に付けることは、できませんから、 毎年、毎年、親から子へ、子から孫へ、受け継がれました。海を渡る途中で 命を落とすものもおりました。とてもとてもつらい旅です。こうして、何百年かが過ぎました。祈り石の大きさは、 少しずつ大きくなりましたが、まだ、もとの大きさには、もどりません。約束通り、祈り石が、もとの大きさに戻るまで、 蝶になった村人たちは、羽をまだらにして、大移動を続けなければならないのです。 海を渡る蝶が、渡らなくなったとき、それは、祈り石が、元の大きさに、戻った証に他なりません。